魚病情報 ウナギの疾病 ウイルス性血管内皮壊死症(鰓うっ血症、棒状出血症)感染実験
ウイルス性血管内皮壊死症(鰓うっ血症、棒状出血症)感染実験
−感染耐過魚は免疫を獲得する−
ウイルス性血管内皮壊死症(別名鰓うっ血症、棒状うっ血症)はウイルスによる疾病であることはわかっていましたが、その原因ウイルスを分離培養することは 長らくできず、本疾病に関する研究もそれをネックに滞っていました。しかし2002年に、東海大学の小野教授がこのウイルスの分離培養に成功され、研究が 一気に進展する可能性が出てきました。
ウイルスによる疾病は医薬品による治療が不可能であり、その対策は予防が中心となります。予防で最も効果のある方法はワクチンです。そこで当分場では、小野先生と共同で、本疾病のワクチン開発の研究を進めることにしました。
ワクチン開発を進めるには、まず人為的に原因ウイルスをウナギに感染させる手法を確立しなければなりません。それができなければ、ワクチンの効果の検証などができないからです。今回は、発病させるのに必要なウイルス液の濃度を調べることにしました。
また、ワクチンが効果をもつには、ウナギにこの疾病に対する免疫を獲得する能力がなければなりません。そのことも併せて調べることにしました。
小野先生に作成いただいたウイルス液の原液(ウイルス濃度5.6×105TCID50/ml)、およびその10倍希釈液ならびに100倍希釈液を、それぞ れ1尾あたり1ml腹腔内に注射(これを攻撃と言います)しました。その後の生残尾数の推移と1尾あたりの摂餌量の推移を第1図および第2図に示しまし た。図中の対照区とは、ウイルスを含まない、培養液のみを注射した区、無処理区とは、注射をしない区です。各区20尾のウナギを試験に用い、飼育水温は 25℃としました。
第1図 |
第1図 各実験区の生残尾数の推移 |
第2図 |
第2図 各実験区の1尾あたりの摂餌量の推移 |
原液区と10倍希釈区では、6日目から摂餌が落ち始め、7日目から死亡が始まりました。100倍希釈区ではそれより2日遅れ、8日目から摂餌が落ち、9日目から死亡が始まりました。いずれの区も死亡が始まって以降は全く摂餌をしなくなりました。
原液区では、11日目までの5日間に7尾、10倍希釈区では、11日目までの5日間に13尾、100倍希釈区では、13日目までの5日間に11尾、その3日後の16日目に1尾の計12尾が死亡しました。それ以降はいずれの区も死亡は見られなくなりました。
原液区と100倍希釈区では、死亡が終息するとほぼ同時に摂餌を再開し、摂餌量も徐々に回復していきましたが、10倍希釈区では死亡終息後も摂餌はしばらく見られず、再開したのは22日後でした。
なお、対照区と無処理区においては、この期間、死亡は見られず、摂餌も良好に推移していました。
次 に、本疾病に対する免疫の獲得の有無を調べるため、ウイルス攻撃を行った各試験区で摂餌がほぼ回復した36日目に、(最初の攻撃で最も死亡率が高かった) ウイルスの10倍希釈液で、対照区を含む各試験区に再攻撃しました。すなわち、各試験区の生残魚の腹腔内に10倍希釈液を1尾あたり1ml注射しました。 なお、無処理区の飼育はこの時点で終了しました。
そ の後の経過を第1図および第2図に示しました。対照区では、再攻撃から6日が経過した42日目から摂餌が落ち始め、翌43日目から死亡が始まりました。そして死亡が始まってからは摂餌しなくなりました。死亡は再攻撃から11日経過した47日目まで5日間続き、この間に15尾が死亡しました。その後は死亡は 見られなくなりましたが、摂餌を再開したのは、再攻撃から24日が経過した60日目でした。この経過は、10倍希釈区の最初の攻撃後の経過とほぼ同じでした。
一方、この間、最初にウイルスの攻撃を受けた原液区および100倍希釈区では死亡は全く見られず、さらに摂餌もほとんど落ちませんでした。このことから、原液区と100倍希釈区では、ウイルスの再攻撃によっては発病しなかったと考えられます。
10 倍希釈区でも死亡は見られませんでしたが、再攻撃直後から摂餌量が落ち、その後も、全く摂餌しないという状況ではないものの、極端に摂餌量が少ない状況が 続きました。その状態は、57日目まで続き、その後ようやく徐々に回復するように見えました。10倍希釈区は最初の攻撃で最も大きなダメージを受けてお り、摂餌の回復も原液区や100倍希釈区よりも遅れました。その状態がまだ十分に回復しきっていないところで再攻撃のハンドリングにより、状態が再び悪化 したものと思われます。10倍希釈区では、57日目に1尾の死亡がありましたが、その症状はウイルスにより死亡した個体とは異なっており、痩せて、皮膚の びらんや尾ぐされなど、ストレスによると思われる症状を呈していました。
今回の感染実験結果のまとめを下記に列記します。
・原液および10倍希釈液による攻撃の場合、水温25℃では、攻撃後6日目から摂餌が悪化し、7日目から死亡が始まった。
・100希釈液で攻撃した場合は、原液および10倍希釈液の場合よりも、症状の進行が2日間遅れた。
・死亡尾数は10倍希釈液で攻撃した場合に最も多く、原液で攻撃した場合に最も少なかった。しかし、10倍希釈液で攻撃した場合においても全滅することはなく、生き残る個体が存在した。
・いずれの攻撃においても、死亡は、最初の死亡が発生してから5日間に集中して発生し、その後はほとんど見られなくなった。
・原液および100倍希釈液で攻撃した場合は、死亡が終息するとともに摂餌も回復に向かったが、10倍希釈液で攻撃した場合は、死亡の終息後もしばらく摂餌しない状況が続いた。
・最初のウイルス攻撃を生き残ったウナギは、再度のウイルス攻撃によっては発病しなかった。
今回の実験では、ウイルスを投与した区ではいずれも発病し、発病の有無の境界となるウイルス液の濃度を明らかにすることはできませんでした。今後、さらに薄い濃度のウイルス液による感染実験を実施し、それを明らかにしたいと考えています。
ま た、上記のうち最後の項目については、生き残ったウナギには体質としてこの疾病に対する抵抗性があったと考えることも可能ですが、小野先生が、このウイル スの感染によりウナギの血中抗体価が上がることを確認されており、最初の攻撃によりウナギがこの疾病に対する免疫を獲得したと考えてよいと思われます。こ のことから、ワクチンによる本疾病防除が実現する可能性は高まったと言えます。
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