平成14年度 水産研究発表会 要旨集


@ 人気食材、トンボマグロが増えた理由

A 駿河湾深層水で煮た釜揚げしらす

B 駿河湾深層水の主要成分と食品利用における安全性

C アワビの放流サイズ  〜多くの稚貝を生き残らせるには〜

D ウナギ種苗生産への挑戦

E ヤマトイワナの保護・増殖への取り組み

F さかな、その変態と成長

 

@ 人気食材、トンボマグロが増えた理由(わけ)

水産試験場漁業開発部  増田 傑 

 トンボマグロ(ビンチョウ)は、体長120cm、体重40kg程度になるマグロ類では最も小型の種類です。近年は、脂が乗ったものはトロトンボ(トロビン)として売られるなど、安くてトロが味わえるマグロ刺身食材として消費者の人気が高くなっています。
 一本釣船によるトンボマグロの水揚量は、1990年頃から増加傾向にあります。これは、トロトンボの人気など需要の増加も原因の一つと思われますが、それだけでしょうか。一般に魚の水揚量は、海の中の資源の増減に大きく関係します。いくつかの魚では、資源の増減が産卵場や稚魚が育つ海域の水温変化と関係していることが知られています。今回は、トンボマグロでもこのようなことがあるかどうか検討しました。
 1990年以降について、産卵場に近い熱帯域の水温と小型トンボマグロの水揚量の関係を調べました。その結果、この海域の表面水温が高くなると2年後の小型魚の水揚量が増加する傾向があることが分かりました。最近スーパーなどの店頭でトンボマグロが増えた理由(わけ)の一つに、熱帯域の水温が高めになったことがありそうです。


A 駿河湾深層水で煮た釜揚げしらす

水産試験場利用普及部  嶌本 淳司

 深層水を利用した清涼飲料水、酒、ビール、豆腐、納豆、蒲鉾、干物、佃煮など様々な食品が既に製品化されています。これらの製品はほとんどが深層水のイメージを商品化したもので、深層水利用の効果が実証されているものは多くありません。食品への深層水利用の研究報告としては、酒、ビール、ワインなどで発酵促進、蒲鉾で弾力増強効果などの報告があります。しかし、これらの深層水の効果は、何れの報告も海水に含まれる各種イオン成分による効果と考えられており、必ずしも深層水特有の効果としては認められてはいません。一方、深層水の食品以外の分野における研究では、マウスの延命や免疫細胞の賦活化において深層水の有効性が報告されています。
 今回、釜揚げしらす製造における煮熟工程に深層水を使用し、食塩水(対照区)、通常海水を使用したものとの冷凍保存性について比較し、深層水の有効性を検討しました。その結果、深層水と通常海水は食塩水より色の保存性が高く、また僅かですが表層水よりも深層水に高い保存性が認められました。


B 駿河湾深層水の主要成分と食品利用における安全性

水産試験場深層水プロジェクトスタッフ  五十嵐 保正

 深層水の取水施設が昨年焼津市に完成し、駿河湾の水深687mと397mから深層水が汲み上げられています。また、来年には深層水の脱塩施設が整備され深層水の利用は更に増えるものと思われます。こうした深層水を利用する上では特性を知ることが重要です。そこで、駿河湾深層水に含まれるミネラルなどの主要成分を調べ、表層の海水や高知県、富山県など他の深層水と比較して特性について比較検討しました。
 一方、利用する上で気になるのが安全性です。特に、食品へ利用することが多いので有害物質や有害な微生物*、最近問題となっているダイオキシン類*などを調べ、安全性を確かめました。
 また、せっかく清浄な深層水ですが、保存方法が悪いと成分が変化したり、短時間に細菌が増えてしまいます。深層水の保存方法について検討したところ、冷蔵庫などの冷暗所で保存すれば、長期間安定であることがわかりました。

*海洋科学技術センター調査

 

C アワビの放流サイズ  〜多くの稚貝を生き残らせるには〜

水産試験場伊豆分場  伊藤 円 

 アワビは静岡県の代表的な磯根資源であり、種苗放流や漁場造成が積極的に行われ、その資源増大のための努力が行われてきました。しかしながら、近年漁獲量は低迷しています。減少の原因として、生息環境の悪化、乱獲、密漁等が挙げられます。
 資源を復活させるために、漁業者が各地で放流しているものの、効果がはっきり現れた事例は少ないのが現状です。放流した貝は放流後他の生物によって捕食されたりして、減少していきます。実際行われている放流方法に問題があるのではと考えられます。また、放流後の生き残りを高めるために、ふ化してから1年半も長期に飼育した後放流する事例もあり、飼育する労力や経費の負担が大きいのが現実です。放流直後の死亡を少なくし、経費や労力の負担を減らすために、現在放流技術の見直しを行っています。
 放流技術には、放流する手法、時期や場所、大きさ、密度などの項目が挙げられます。今回は放流する手法、時期や場所を紹介するとともに、放流するサイズについて検討した結果を紹介します。


D ウナギ種苗生産への挑戦

水産試験場浜名湖分場  飯沼 紀雄

 養殖ウナギの種苗は天然のシラスウナギに100%依存しています。種苗の確保は養鰻経営において重要ですが、その採捕量は好不漁の差が大きく、また資源量は減少傾向にあります。そこで浜名湖分場では人工的にウナギの種苗をつくる研究を昭和37年から行ってきました。魚の脳下垂体を雌ウナギに注射することで、ウナギの卵細胞が成熟することがわかり、その方法を用いて昭和49年に世界で2番目にウナギの人工授精に成功し、ふ化仔魚を得ることができました。しかし、産卵まで達するウナギは極めて少なく、近年まで再び仔魚を得ることはできませんでした。この問題を解決したのが、17α,20β-ジヒドロキシ-4プレグネン-3オン(排卵促進ホルモン)の発見です。このホルモンの使用によりウナギの産卵を促すことができました。こうしてウナギの成熟や産卵を人為的にコントロールすることで、平成6年から毎年受精卵や仔魚を得ることができるようになりました。
 現在の課題はふ化したウナギの仔魚をいかにシラスウナギまで育てるかということです。ウナギの仔魚が嗜好性を示す餌は、現在、サメ卵の粉末が唯一です。浜名湖分場では、これを用いて最長ふ化後24日まで飼育したことがあります。しかし、給餌方法や飼育方法に問題点が多く、より適した餌料の発見が急がれています。また、ウナギの受精卵や仔魚の飼育は水温23℃前後が適していると考えていますが、より良い飼育環境の解明も必要です。

 

E ヤマトイワナの保護・増殖への取り組み

水産試験場富士養鱒場  鈴木 進二

本県の天竜川と大井川の二つの河川には、ヤマトイワナという在来イワナが生息しています。このヤマトイワナは、本州中部太平洋側および紀伊半島中部の河川上流域にのみ生息が確認されている希少種です。
 近年、流域部の開発による環境悪化や、ニッコウイワナの放流により交雑が進んだことで、純粋なヤマトイワナは減少しています。このため当場では、ヤマトイワナの保護、増殖への取り組みとして、平成7年度以降、大井川源流域におけるヤマトイワナとニッコウイワナとの交雑状況を調査しています。また、現地より、外見的にヤマトイワナの形質を強く持つ個体を親魚として持ち帰り、種苗生産試験を行っていますが、発眼率やふ化率等の生産成績は年々向上しています。
 今回の発表ではヤマトイワナについて紹介するとともに、これまでの種苗生産試験の結果や今年度行なった標識放流などの現地調査の概要、そして来年度以降の計画について紹介します。

 

F さかな、その変態と成長

栽培漁業センター  海野 幸雄

 海産魚類は、ふ化後、短期間に変態し稚魚になります。種苗生産を成功させる鍵は、この変化を的確に捉え、適切な管理を行うことにあります。
 海産魚の多くは、直径1mm以下の浮く卵≠数百万粒も産卵します。卵の発生は早く、産卵後1〜2日中に口や肛門すらない未熟な状態で孵化して浮遊生活を行うようになります。
 マダイでは、孵化後1週間程度で消化器官の基本的な形が完成し、うきぶくろができます。その後、1週間ほどたってから背骨ができ始め、活発に泳ぐようになります。食欲旺盛になり始めるのもこの頃からです。その後、尾鰭が完成し、稚魚への変態が終わります。
 ヒラメにはうきぶくろがありませんが、浮遊生活のための器官と考えられている細長い背鰭を発達させた後、尾鰭が完成します。その後、右目が頭の頂上を通り越して左側に移動し、背鰭が短くなる変態を行い、着底して稚魚になります。
 種苗生産された稚魚では、天然魚と違う形態を持つことがしばしばです。マダイ稚魚の脊骨がV字型に折れる変形もその一つです。これは、うきぶくろがうまくできなかったことによる障害です。うきぶくろができるメカニズムが解明され、これができるように管理する手法が確立してからは、ほとんど見られなくなりました。適切な管理を行い、天然魚と変わらない形や性状の種苗を生産することは、種苗生産研究の重要なテーマの一つです。